スピリチュアルでいう「手放す」を、過去を忘れ、何も感じなくなることだと考えると、難しい課題になります。この記事では、覚えていることを無理に消すのではなく、今も続けている行動や、自分に課している決まりを見直すこととして考えてみます。
忘れられないから、手放せていないのか
終わった関係なのに、ふと思い出す。もう考えないと決めたことが、何かの拍子に浮かぶ。そんなとき、まだ執着しているのだと、自分を責めていないでしょうか。
思い出すことと、今その関係を続けることは同じではありません。記憶が浮かんだからといって、連絡を取る必要はないし、その日の予定を全部止める必要もありません。
それなのに、思い出さなくなる日を卒業の日にすると、自分で決められない条件を、ずっと待つことになります。過去が浮かぶたびに、振り出しへ戻されたような気分にもなるでしょう。
思い出した。その上で今日は何をするか。この二つを並べて考えるほうが、日常で選べることが見つかります。記憶の有無だけで、自分の現在を決めなくていいのです。
手放したいものを、具体的な言葉にする
過去を手放したいと言うと、対象が大きすぎて、何をすればいいか分かりません。今していることの中に、その過去と結びついている行動があるか、見てみてください。
相手の近況を毎日確認している。昔のやり取りを繰り返し読み返している。あのとき違う言葉を選べば、と答えの出ない問いを続けている。そのうち、今の自分が変えてみたいのはどれでしょうか。
すべてを一度にやめる必要はありません。今夜は近況を見に行かない、思い出の品をいつも目に入る場所から移す。具体的にすると、できたかどうかも、自分で確かめやすくなります。
大切なものまで勢いで処分しなくていい。保管する場所を変える、しばらく距離を置く、という選択もあります。気持ちが揺れているときは、後から戻せる方法を選ぶ余地を残しておきましょう。
許すことを、先に約束しない
手放すには相手を許さなければならない。そう考えると、傷ついた自分に、もう一つ難しい仕事が増えます。許せない自分が未熟なのだと、話がすり替わることもあります。
相手の行為をよかったことにすることと、自分の毎日を取り戻すことは別です。今も納得していない。それでも、その人に会わないと決めたり、自分の時間を別のことへ使ったりできます。
実際に受けた被害や、対応の必要な問題まで、心の持ちようで終わらせる必要はありません。記録を残す、周りに相談する、距離を取る。現実の対応をしながら、気持ちについて考えられます。
許すという言葉を使うかどうかも、自分で選んでいいのです。誰かに分かりやすい和解の形を見せるために、自分の感覚を置き去りにしないでください。
空いた時間を、何で過ごしたいか
何かをやめると、それまで使っていた時間が空きます。その空白に落ち着かず、また以前の行動へ戻りたくなることもあるでしょう。だから、やめることだけでなく、その後に何をするかも少し考えておくといい。
読みかけの本を開く。散歩へ出る。会いたかった人に連絡する。大きく人生を変える予定でなくても、自分の一日を、自分が選ぶ時間へ少しずつ戻せます。
癒しを求めるとき、嫌な気持ちが消えることばかりに目が向くかもしれません。でも、気持ちがまだ残っていても、おいしいものを食べたり、笑ったりしてよいのです。悲しい自分に、楽しむことを禁止しないでください。
レイキを学んだ方なら、自分に手を当てる静かな時間を、その日の自分を聞く機会にしてもいいでしょう。過去が消えたかを確かめる儀式にせず、今どんなふうに過ごしたいかを考える区切りとして、無理なく取り入れます。
手放すことは、自分を急かす言葉ではない
もう手放したはずなのに、と言いたくなる日もあると思います。そんな日は、何を思い出したかだけでなく、その後どんな行動を選んだかも見てみてください。
以前なら一晩中近況を追っていたけれど、今日は途中で閉じた。誰にも話せなかったことを、信頼できる人に少し話せた。もしそんな違いがあるなら、それも今の自分についての事実です。
同じ行動を繰り返してしまったなら、どの場面で戻りたくなったのかを確かめる。自分を罰するより、次に距離を取りやすくする工夫へつなげたい。難しければ、一人で解決することにこだわらず、支えを求めてもいいのです。
思い出の品をしまっても、大切だった時間まで消えるわけではありません。覚えていながら、毎日その引き出しを開けない暮らしも選べます。
昔の写真を大切にしながら、今の写真も増やしていく。どちらかを消さなくても、暮らしの重心を今へ移すことはできます。残すことも選択です。
手放すという言葉を、忘れるまで自分を追い立てるために使わない。今日は引き出しを閉じて、今の自分が行きたい場所へ出かける。そのくらい具体的なことから始められます。
